女川一中出身者・有志の支援団体
「女川元気会」(旧:女川に元気を送る会)                      
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  故郷への復旧・復興を支援のために『女川に元気を送る会』発足しました。

          

平成23年4月9日 女川一中出身者を中心に支援団体立上げ

 

  女川元気会  第5回慰霊の旅  

平成29年9月30日〜10月1日の1泊2日の日程で実施

詳細はここをクリックして下さいPDFで印刷できます

 

 

      佐々木 洋氏 パキスタンからの手紙

女川関係者の皆様

アサラーム・アレイクム(イスラム社会のあいさつ言葉)

皆様が祖先の地・女川を元気にする諸活動にてご活躍されるお姿をこのインド亜大陸の地から応援申し上げております。

 

皆皆様がたの諸活動と、関係あるかもしれないいくつかを下記に紹介、お話申し上げます。

1・小職の活動地域:インド(2013年9月)

パキスタン(2015年8月から現在まで)

2・背景

  3・11の時に世界で最初に女川救援部隊を送り込んでくれたインドに敬意を表し、いささかでも恩返しがしたいと、インドに関する経済協力活動を2013年、62歳の時に始めました。ニューデリーの南にあるグルガオンという日系企業が集積する街でIT 業界サポート、南インドで廃棄物処理プラント立ち上げ支援。

その後2015年、隣国パキスタン政府から日本国に国際貢献(いわゆるODA)の依頼があり、同国の自動車セクター支援のプログラムに、4年間従事しています(2019年8月まで、パキスタンに滞在、同国の自動車業界にいわゆる日本式生産マネジメントの技術移転支援)

なぜパキスタン案件に参加したのか?

上記3・11の時に、インドの女川支援(その後天皇陛下がインドまでお出ましになり御礼を申し上げたニュースは皆様ご存知)ばかり目につくが、実は隣国パキスタンの政府、民間人も日本支援のために準備していたことはあまり知られていない。

また古くは、1950年代、日本が戦後復興の時に、敗戦国家には、どこも目を向けない中、このパキスタンが自分たちも1947年に英国から独立して、自国の運営に大変な時期であったにもかかわらず日本に支援の手を伸べ、同国の綿花を提供してくれたのです。

その綿花、綿糸をベースにして日本国の軽工業化が成功し、その後の重化学工業シフト、最終的に経済大国へとつながる実話は、あまり知られていない。

 

3・パキスタンの紹介;

日本にお住まいの方は、あまりこのパキスタンのことは話題にならないでしょう。

アジアと言えば、台湾、フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールまでなら、NHKも報道するのでしょうか、ミヤンマとバングラデッシュの間にあるアラカン山脈を越えると、インド亜大陸が見えてきます。仏教(ガンダーラはご存知でしょう)の生まれ故郷でもあります

 パキスタンは、

今年人口が2億人を超えて、そのうちインド・中国・アメリカに次いで世界4位の人口大国になる国です。基本は農業と繊維ですが、1960代にホンダの本田宗一郎がこの国にオートバイを広めようと来られて、1980−90年代には自動車(スズキ・ホンダ・トヨタ)が進出を果たし、今や日本の自動車3社が占める国内シェアは95%と本国日本のマーケットシェア92%を超えて、今や世界一日本車のマーケットシェアが高い国になりました。

 

4・日本人の活動

この人口大国に滞在する日本人の数は700人程度。

中国は、経済力の勢いそのままに、経済協力を柱に3万人を超えています。

従い、われわれ日本の駐在員は、こちらの人に会うと、ニーハオと声を掛けられ失笑しています。

小職は、国際協力機構(ジャイカ:JICA)の専門家でこちらで活動しています。それはいわば外務省の予算で、ジャイカという政府系組織を通じて国際貢献をするのですが、世の中には、個人で頑張っている人たちがおられます。

その中のお一人を紹介しましょう。

 三原さんという40歳になる女性。東京練馬の実家をたたんで80歳になる母上を連れて、このパキスタンで骨をうずめる覚悟で、パキスタンの衛生状況を改善する組織をおひとりで立ち上げ活動を開始した。

なぜパキスタンに来られたのかのあたりは彼女のHP(MAKOTOYA 38)を見ていただければと思います。有名女性起業家のお一人で、マスコミが多く取り上げご存知の方もおられるでしょう。

私が感心したのは、3・11に彼女も東北支援活動していく中、パキスタン人が、チキン・ブリヤーニ(昼飯:カレー味)を後方支援してくれ、その人たちに出会ったことを忘れないでいること、その後、彼女自身も歴史を勉強し、先ほどの戦後日本の経済復興にパキスタン綿花が大きくかかわってくれたことに感謝の念を感じたこと」をHPで語っている。

 

女川を元気にする会の皆様

世界は繋がっていることは皆様の方が良くご存じです。

3・11は私の心の中で1年で最も大事な日。皆様方も同じはず。

 9・11はアメリカ人が同じ思いでいる。

世界中で、皆が世界各国における元気で頑張る姿を共有する一つの地球の時代になって久しい。

世界中、どこにいても、われわれは祖国のために、生活(滞在)している国のために少しでも前を向いて活動を続けて参りましょう

インドも、パキスタンも今年70年の独立記念を迎えました。古稀ですね。

祖国日本は戦後72年、やはりアジアではリーダーなんですよ。

これから世界を引っ張る中国やインドをよりよくするためにも、日本国と日本人の活躍が望まれています。

皆様のこれからのご活躍と、女川関係者として地球のどこかで「女川を元気にする会」に繋がるものが世界のどこかで活動していることも思い出していただければ嬉しい限りです。

 

佐々木洋

PS:9月2日は、イスラム社会の大きな祭りEID UL−ADHAL(犠牲祭)で世界中のイスラム教徒が9月1日から4日までお祝いをしています。

   たぶんTV では、犠牲となる動物たち(山羊・羊・牛・ラクダ)の首を切るシーンなどが報道されるのでしょうね。宗教的儀式であり、あまり偏向した報道内容にならないように祈りますが。以上。

                                                    資料提供:「女川元気会」 事務局長 沼倉 寿男(41年卒)              

 

 

平成29年度女川元気会年次総会終了

平成29年6月3日(土)エーザイ 東京Co 第3会議室にて開催48名が出席し盛会裏に終了

一部:年次総会

二部:記念講演

   1)女川副町長 阿部明彦氏「女川町の復興情況について」

   2)元女川一中教諭 佐藤敏郎氏「3.11を学び変える」

    俳句をとおして自分の「言葉を探す、心を探す」授業に取り組んだ体験談

三部:懇親会

 

 東日本大震災より6年が経過し、街の再建、復興住宅の整備等々が順調に進んできており、8年の復興計画も最後の2年を迎え、須田町長のことば「最後の急坂」をどう乗り越えていくかがまさに問われるところとのこと。

私達の会も設立してから6年経過しました。しかしながら全国的に「東大震災」への関心が薄れてきています。当会も例外ではなく、各会、行事への参加者が減少し、活動資金も減少しました。私たちも「急坂」にさしかかっています。

年次総会も恙無く処理され、拍手を持って承認。会の継続も今後の課題として意見交換が交わされ、形を変えても継続させるべきとの意見が体制、検討課題にされました。

 

 

 

天皇陛下・皇后陛下女川行幸啓

皇后陛下御歌碑建立

 

 

 

  『春風も 浴びて走らむ この朝  女川駅を 始発車いでぬ』

 東日本大震災から6年が経過し、女川町は、新しい街づくりに取り組んでおり、昨年12月には駅前に新しい

商業施設「ハマテラス」もオープンしました。

 この3月には住宅供給率も64%を超え、復興に向けて町民と行政が一体となり共に進んでおります。

このような中で、皇后陛下が石巻線全線の開通を祝い詠まれた御歌の石碑建立を目指し実行委員会を設立しました。その趣旨に御賛同賜わりました町内外の多くの皆様から暖かい協賛金が寄せられ、その件数(会社・団体=96件、個人609件) 総額は、約1100万円になりました。

復興は進んでいるとはいえ、未だに不便な生活を余儀なくされている中で協賛金を寄せられたことに厚く御礼申し上げます。

頂戴いたしました協賛金を活用させていただき、皇后陛下御歌碑、その説明碑とともに、昨年3月に天皇皇后両陛下が女川町に行幸啓されたことから、行幸啓碑も併せて建立することになりました。

宮内庁への申請も承認され、工事を進めてまいり、天皇皇后両陛下が行幸啓されてから丁度1年後にあたる平成29年3月17日(金)に『除幕式』を開催することができました。

 協賛金は、行幸啓碑・御歌碑・説明碑の工事費や序幕式経費、今後の維持管理費に役たたせて頂きます。

両陛下の被災地女川町に寄せる御心と皇后陛下の御歌碑を後世に永く伝えるとともに、町民や女川町に関わる人たちの心の象徴として頂きたいと思います。

平成29年4月

皇后陛下御歌碑建立実行委員会

 会長 須 田 善 明

                                           

皇后陛下御歌碑建立準備委員会には「女川元気会」より村井善郎会長・三宅哲副会長が参加、(デザインに関しては三宅哲氏が担当されました)

式典様子PDFで印刷できます(ここをクリック)

 

 

 

 

 

「女川元気会」平成28年度年次総会開く

快晴の521日(土)、新宿パークタワー23階にある(株)エーザイ会議室で、28年度の年次総会を開催した。参加者52人。長崎や滋賀から駆け付けた方もいた。

総会は代表世話人・村井善郎さんの挨拶、28年の活動報告、29年度の活動方針の検討などがあり、その後、ゲストとしてお招きした竹浦行政区長の鈴木成夫さんと女川町長の須田善明さんの講演をお聞きした。

鈴木さんは、震災前のご自宅での幸せに満ちた生活の様子や竹浦の美しい漁村風景の写真をスライドで映され、震災後そのすべてが失われた画像と対比して、身を切られる体験を淡々と話された。また地域文化の象徴である「獅子振り」復活についても話された。復活当日の地域住民の笑顔が印象的だった。

須田町長には、当初会が依頼した「5年経って出来たこと、出来なかったこと、これからやりたいこと」という題に沿って、いかにして創造的な街づくりを進めていくか、図表やグラフなどの資料を示しながら再生への熱い思いを語っていただいた。終わりには「今日話したかったことは『未来を拓く“可能性先進地”の先頭へ−新たな女川らしさを具現化』です。したがって表題も『まちは時代とともに変わる〜復興まちづくりを通じて産みだすべきもの〜』としたい」と結んだ。

総会終了後懇親会が開かれ、町長や鈴木さんを囲んで会員同士近況を話し合ったり、知人の消息などの情報交換をしたり、和やかな時を過ごした。

会のために激務のさなか時間を割いて話をしに来られた須田町長に感謝したい。それと5年にわたって無償で会場を提供してくださっているエーザイさんにも感謝申しあげたい。

(なお、「女川に元気を送る会」は、27年から「女川元気会」と改称した。)

ここをクリックすると

集合写真・女川竹浦の現況を説明された鈴木威夫さんの講演・

「まちづくり」熱心に語をる須田善明町長の写真をスライド式でごらんになれます

 

 

 

 

 

 27年第3回「女川慰霊の旅〜平成27926日〜27日実施〜 

 さる926日(土)〜27()12日の第3回女川慰霊の旅が挙行された。

海岸が見渡せる丘陵にある慰霊碑前で、照源寺住職の読経に合わせてお線香をあげた後、隣接する医療センターで師長さんから震災直後の医療活動の実態や、ご家族を津波で亡くされた方の辛い体験談をお聞きする場を設けた。また、遺族の探索や海底の清掃などのボランテア活動を続けている「石巻海さくら」の現状を、竹浦の海岸で聞くことができた。

「女川元気会」(「女川に元気を送る会」改称)の支援先の一つである「女川向学館」へ支援金を渡しに旧女川第一小学校へ。向学館から感謝状をいただいた。

懇親会には阿部副町長、酒井町議会副議長など関係各所の方々にご参加いただいた。

27日の昼食時には須田女川町長も同席されて、女川の復興の進捗状況などについて説明があったり、有意義な2日間であった。

震災の翌年に企画されたバス旅行「女川慰霊の旅」も3回目を迎え、訪問先をどこにするか現地のナマの声をどうしたらうまく聞き取れるか、といった難しい課題が増えてきた。現地の状況も震災当時とは(当然)変化しているので、支援の在り方も難しい段階に来ているように思う。会の名を改称したのはその表れの一端である。                          (2015.11 三宅記)

「慰霊の前で」一行記念写真

 

     慰霊碑の前で          看護師長の説明を聞く        海底清掃の状況を聞く    

      

 

 

 

 26年「女川慰霊の旅」〜平成26928日〜29日実施〜 

 女川に元気を送る会」主催の第2回「女川へ一緒に帰ろう〜慰霊の旅」が上記の2日間の日程で実施した。

 今回の旅の主な目的は、半島の漁村の現状を視察することと、支援先の「女川つながる図書館」と「女川向学館」を訪問することであった。そのため現地で出来るだけ時間に余裕を持ちたいので、新幹線を利用して仙台駅で集合することにした。1020分、現地のマイクロバスを仕立てて女川に向った。

 女川へは12時過ぎ到着。前年同様、まずは女川病院前の慰霊碑で照源寺住職の読経の中、犠牲になられた方々に献花と焼香を行った後、つながる図書館と女川向学館を訪れ、それぞれ係りの方から説明していただいた。その後語り部の方に同乗してもらい、車中で町政のこと、復興の進捗状況など説明してもらいながら五部浦地区を視察、高白浜では区長さんから311日の様子や漁港の現状についてお話を伺うことができた。

 夕食には阿部女川副町長、木村町会議長、酒井町会議員など地元の方たちにも参加していただき、女川の現状などお話を聞く懇親会の形にした。宿泊はステイイン鈴屋。

 2日目は宮ケ崎地区から尾浦を経て指ケ浜まで視察。指ケ浜では、当会員の女川中で同級生だった方にカキの養殖を復活させている現状を話していただいたが、苦渋のさなかにもかかわらず、その前向きな姿勢に参加者のみんなが感動していたようだ。

 この日の昼食会は須田町長にも同席していただき、復興の具体的な話や女川の将来像について意見交換をすることができた。

 昼食後は、きぼうのかね商店街、高政、マリンパルと巡り、出来るだけたくさん買い物をするようにした。

 午後4時、仙台駅で解散、それぞれ故郷への思いを新たに帰京の途に就いた。 

※今年の総会開催日は、平成27530日(土)の予定。たくさんの参加者を期待しています。

「慰霊の旅」一行記念写真

 

女川向学館で                     地元の方の説明を聞く参加者

 

 

 

 

 

 

 案内詳細はこちらからPDFデータ

 

 

 

  [「女川に元気を送る会」平成25年度総会案内]

 

 日 時:平成25年4月20日(土)13時〜16時(第五部:16:30〜18:30)

 場 所:新宿西新宿3-7-1 新宿パークタワー23階 エーザイ 東京Co 第3会議室

 

  第一部 女川に元気を送る会 年次総会

  第二部 「女川つながる図書館」の運営状況報告

             女川町教育委員会 生涯学習課 元木幸一さん

  第三部 講演 講師:日本考古学協会会員 三宅宗議さん(昭和26年(1951年)女川中卒)

              演題:「女川の残した地名」(副題:「いつまでも記憶するために」)

  第四部 作曲家 岡田京子さんと「女川を歌う」 岡田京子さんと「めだか大学」有志

  第五部 懇親会(希望者)会費:3,000円

       会場:ビジネスレストラン SQUARE8  (新宿パークタワー8階(総会と同じビル))

 

 

          私たちは被災地女川を決して忘れない! 

                           「女川に元気を送る会」代表世話人 村井善郎

     

 

 

 

   

       PDF写真 @ここをクリック   Aここをクリック

                             Bここをクリック   Cここをクリック             

 

 

ご 協 力 願 い

 震災前4万冊の蔵書も津波で一冊も残らなかった現実に対し、今野順夫 女川に元気を送る会顧問(前福島大学学長、現福島大学名誉教授)が「女川町つながる図書館」支援のプロジェクトを立ち上げました。

 下記に今野さんのお便りを紹介します。

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福島の今野です。

何か、困るといつも「元気を送る会」に助けられています。

私の方のよびかけも、錯綜していて、混乱をかけてしまいました。

すみません。

  http://www5a.biglobe.ne.jp/~tkonno/tosyokan.html  

       https://readyfor.jp/projects/tsunagaru_library    「READYFOR?(クラウドファンディング)」 『 ファンド募集』にご協力を!!

     『被災地の「女川つながる図書館」を大きな本でいっぱいにしよう』

図書カードを贈るということで、約90万円分の賛同がありました。

元気を送る会として30万円分、そして谷さん関係で10万円と、ほぼ半分の貢献度でした。

ありがとうございます。(目標は、30万ほどかなと思っていましたが・・)

それに連続しての「ファンド」でした。

最初、1万円と5万円の2コースでしたが、ファンド団体に、選択肢を途中で増やして頂きました。

3000円、13000円、10万円、50万円です。

主には、支援者を多くするためには3000円が有効で、集まってきていますが、震災直後と異なり、一気に広がるという状況にはありません。

それと、年輩の方からは、現金や振り込みではダメかという問い合わせがありますが、カード決済という方法限定ですので、技術的困難がありました。

佐々木写真館の麻美さんの友人で、シンガポールで活動している方の支援申し出がありましたが、時期的にも間に合いませんので、後ほどになりますが、図書館独自の基金をつくるのは難しいので、女川の役場でやっている一般的な支援にいれてもらうことになると思います。

(図書カードは、従来行っていた、「生涯学習課」宛てになります。)

 

地元に負担をかけないように、持続的な支援方法を考える必要があると思っています。

現在のファンド達成額は、1257千円分、いろいろ登録されていない予定寄付も含めると、あと20万円ほどの新規開拓で 達成できると思いますので、油断しないで、最後まで継続したいと思います。

村井さんが、「危機に瀕している」という訴えをしていただきましたが、実情は、以上のようです。

 

元気を送る会の方とともに、女川出身の少し若い方、女川に縁のある方、女川の同級生、福島の友人・教え子たち、親戚等、広範囲ではありませんが、広がっていることに確信を持っています。

 

ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

現状報告まで。

  今野順夫  

 

「女川に元気を送る会」が草加市花栗地区商店街で募金活動

7月26日(金)・27日(土)

沼倉寿男氏(鰐陵41回生・元草加市職員)が中心となって募金活動を行いました。 

募金活動に協力して頂きました草加市民の皆さん

 

 

「女川に元気を送る会」年次総会開く

 

  <講演会>前女川町教育長 遠藤定次先生の話を聞く参加者の皆さん

 

      <懇親会>遠藤氏{右側2人目}を囲んで

 

519日(土)、新宿パークタワー23階のエーザイ会議室で、「女川に元気を送る会」の年次総会が開かれた。

23年度の活動報告や会計報告の後、女川町教育委員会 前教育長の遠藤定次氏を招いて講演会を行った。災害当時の町の様子、学童の被災後の様子、子供たちの教育の現状などについて、たくさんの資料をもとに約1時間にわたり丁寧にお話をしていただいた。

現地でなければ分からない情報を直接お聞きすることが出来て、会の今後の活動方向の参考になったと思う。

総会終了後、懇親会に席を移して、聞き漏らしたことを改めて遠藤先生にお聞きしたり、お互いの近況、先輩後輩の話などで盛り上がった。

会として息の長い活動をどう維持していくか、若い人たちに参加してもらうにはどうすればいいか、など話題は尽きなかった。

総会参加者:40名 懇親会参加者:32

※会では、24年度の会費および寄付金を受け付けています。

 

 

≪女川情報≫ 

オリンピック日本代表チーム(U−23) 女川訪問

 平成24年4月10日サッカー・ロンドンオリンピック日本代表チームが、練習の合間をぬって女川と石巻万石浦仮設住宅を訪問しました。選手たちは女川の被災風景に言葉を失っていました。被災地の現状をしっかり見つめ、これをばねにオリンピックの力にしてもらいたいものです。

                             (写真:平塚釟郎 日本サッカー協会東北審判委員 鰐陵35回生)

 

女川病院前にて(左1、2枚)・万石浦仮設住宅(3枚目)
 

 

 

鈴木麻弓著・写真『女川 佐々木写真館』

 

 

  女川の『佐々木写真館』3代目となることを宣言したカメラマン・鈴木麻弓さんの写真+エッセイ集である。最愛のご両親を亡くした方の文章を、「エッセイ」という軽い印象を与えかねない言い方は失礼かもしれないが、それほどに穏やかで角張ったところがない優しい文章で,災害のこと、両親のこと、女川のことが記されている。
 
ここには、声高に激しく怒りや悲しみを表現するのではなく、しっくりと心と目に染み込ませる文章と写真がある。震災から1年という時間が著者を冷静にさせたのか不明だが、対象を冷静に観察するカメラマンという目がそうさせたのかもしれない。一見・一読をお奨めしたい。
       発行:一葉社 電話03-3949-3492 FAX03-3949-3497 2,100円(税込)

 
大震災で亡くなられた鈴木さんのお父さん・佐々木厚さんとは生前親しくさせていただいたのだが、彼の仕事(記念撮影とか)以外の写真は不明ながら目にしたことがなかった。おそらく女川の大部分の人たちは、「町の写真屋さん」という認識しかなかったのではないか? 
六本木や四谷での鈴木さんの写真展やこの写真集で、初めて佐々木さんの肖像写真への取組みがわかった。長年模索して掴んだ彼流のライティングを見出したことに、改めて感服させられた。失ったものの大きさにただただ合掌するしかない。 
                    平成24年3月 グラフィックデザイナー 三宅 哲(女川一中35年卒)

 

 

 

『菊地信平・鈴木麻弓写真二人展』の開催

 

みなさま方のご来館をお待ちしております

 

 

 

                 日 時 平成24年3月8日〜14日まで(10時〜18時)

  場 所 四谷ポートレートギャラリー 新宿区四谷1-7 日本写真館5階

 

 

  ※復興を願う釜石と女川の写真家が現地を撮影した祈りを込めた写真展です。

    (鈴木さんは女川の佐々木写真館・故佐々木厚さんの次女です)

 

 

平成24年2月3日(金)  

「平成23年度女川町中学生合同立志の会」が実施されました

 

詳細内容はこちらへクリック

 

 

平成24年1月22日

  1月21日「女川に元気を送る会」の世話人が集まり2月3日(金)開催の「平成23年度女川町中学生合同立志の会」について私達の最終確認を致しました、講師は8名で前日仙台のホテル泊まり、当日全員で3台の車で会場に向かい講演並びに午後の時間のバズセッションに参加させていただきます。

「女川に元気を送る会」 :講師陣(敬称略、年齢順、卆年は3月の年)

    氏 名   卆 年   卒業中学校
@村井昭朗    (むらいあきお)   1944年(昭和19年)  女川一中
A三宅    哲  (みやけ てつ) 1952年(昭和27年)   同 上
B和田京子  (わだきょうこ 1960年(昭和35年)   同 上
C谷  光彦    (たにみつひこ)  1960年(昭和35年)      同 上
D平塚釟郎   (ひらつかはちろう) 1960年(昭和35年)      同 上
E勝又楽子  (かつまたらくこ)  1962年(昭和37年)    同 上
F村井善郎  (むらいよしろう) 1962年(昭和37年)    同 上
G村井哲二  (むらいてつじ)  1967年(昭和42年)   同 上

                                         

★ 津波の被害をうけた中学生達が今回の「立志式」で、各自の夢の計画をたてることは難しいと思いますが、われわれ先輩の経験談が将来の夢に向かってスタートする子供たちの参考になれば、と思います。

「女川に元気を送る会」として今後ともどのような元気を送れるか摸索して行きたいと思います。

 

平成23年11月20日(日)「京ビッグバンド」が女川にて慰問演奏会を無事終了!!

京ビッグバンドというジャズバンド(リーダーは病院の医者)が、女川と石巻稲井にて慰問演奏会に出かけます。「女川に元気を送る会」がこれをサポートすることになり、村井代表(鰐陵37生)と中田副代表(鰐陵40回生)が同行します。地元女川にも素人バンドがあり、交流することになります。 

 

佐藤美枝さん 当日の様子プログにて紹介 http://ameblo.jp/tutumi-bunnka/  

 

平成23年10月22日 10月度世話人会議開催。議事録要旨はこちらへ

 

平成23年10月9日(日)鎌倉芸術祭 東日本大震災復興支援芸能公演

               『雄勝法印神楽』を鎌倉宮にて開催しました

           平塚善伸氏(鰐陵40回生・湘南リビング社社長)

             (写真その1)NEW!

             (写真その2)NEW! 

 

平成23年8月27日 女川町支援金の礼状と領収証が届きました。コピーはこちら

 

平成23年7月2日 女川に支援金を届けました。

その時のの様子など、張り付けておきましたので、ご覧ください。

 http://ameblo.jp/danke0502/entry-10941558879.html (渡した時の様子)

 http://www5a.biglobe.ne.jp/~tkonno/To-onagawa.pdf (趣意書)

                                              福島市・ 今野順夫氏提供

※7月7日(木) 女川一中同窓生の輪「古里思い1200万円寄付」   石巻かほくに掲載

 

 

7月9日(土) 女川町へ復興支援金渡した報告と今後の世話人会を開催しました。

  村井 善郎(37回生)が代表世話人を務める「女川を元気を送る会」は、7月9日、女川町へ復興支援金を渡したことの報告と、会の今後について話し合う世話人会を、東京・飯田橋エーザイ鰍フ会議室で行った。出席者は34名。当初の目的であった募金活動は一旦終了しましたが、会の今後について話し合った結果、会として正式に発足することに全員一致で合意した。これからも女川町への物心両面の支援活動を行う予定。

代表世話人ほか役員は以下のとおり。

 代表世話人:村井善郎(37回生、都立多摩医療センター副医院長)

 副代表世話人:今野順夫(福島大学前学長)、三宅哲(27回生)、中田洋一(40回生)

 

7月21日今後の活動の指針にアンケート頂き解析結果が出ました。結果内容はこちら

 

※女川一中卒業協力者及び女川とのご縁によりご協力頂いた方々の名簿はこちらをクリック